2013年3月8日 Vol.201



自力の国アメリカで他力に目覚める
真宗大谷派 北米開教区開教使
名倉 幹(なくら・みき)さん


(写真左)昨秋、NYに旅立つ直前、101歳を迎える蜂屋教正師(中央)を訪ねる名倉さん(左端)
(写真右)クォーターバックから投げられたパスを見事キャッチするワイドレシーバーの名倉幹選手(1985年:撮影=清水和佳)


名倉 幹さんは「お東(ひがし)さん」と親しみを込めて呼ばれる浄土真宗東本願寺の僧侶。米国東海岸に東本願寺の足がかりは皆無である。
4ヵ月前の11月、固い決意を胸にニューヨークに居を移した。お坊さんとしてはかなり変わった経歴を持っている。だからこそと言っていい本物の雰囲気を漂わせている。
名倉さんは、家がお寺という環境で育ったわけではない。お坊さんになったこと自体が、ほんの7年前の43歳の時のことだった。
しかし仏縁にめぐりあったのは今から27年も前にさかのぼる。

神戸大学の学生時代は「アメフトをやるのが目的で大学に行ってました」というほどアメリカンフットボールにのめり込む血気盛んなスポーツ青年だった。
ところが3年生の時に父親が倒れ、先輩の紹介で一人のお婆さんと出会う。これが現在の名倉さんを仏の道に導く原点となった。
それまで平穏だった家庭は父親の闘病と死、それに続く母の異常なまでの落ち込みと行動で一気に暗転した。
その中で、加藤辰子というそのお婆さんから「私が絶対の信を置く人」という明治・大正・昭和期に伝道に命をかけた東本願寺の蜂屋賢喜代(はちやよしきよ)の存在を教えられる。
大学卒業後は銀行に勤めながら「蜂屋先生の著書をむさぼるように読みました。そのご長男である蜂屋教正(のりまさ)先生のご法話も週末には欠かさず聞きにいくようになったのです」
このお婆さんに後日、「仏法に出会わせてもうて、ほんまに幸せです」と伝えると「名倉はん、あんたは仏法を喜んでるんやない。いまの境遇がええから喜んでいるだけや。勘違いしたらあかん。今のええ境遇が全部崩れても、喜べるもんがあるのならそれがほんまに仏法を喜んでるゆうことやと思います」と厳しく言われた。まさに雷に打たれたように「その場で頭が上がりませんでした。今も忘れられない大説法でした」と名倉さんは言う。
銀行を辞めたのは36歳の時。しばらくはインドを旅行してお釈迦様の足跡を訪ねたり、日本国内をあちこち旅行するうちに坊さんになりたいという思いが強くなる。
しかし蜂屋教正師は「親鸞聖人の教えは在家仏教であり坊さんになる必要は何もない、坊さんじゃなくても立派な人は、なんぼでもいます」と名倉さんに説いて出家を勧めなかった。

銀行退職後に勤めた会社とうまくいかず、そこもやめてブラブラするうちに心に不安が起きるようになり、危険な精神状態までいった。
「考え過ぎたんやと思います。自分で自分がコントロールできない。自分でも危ないと思えるほどで、情けないなあと思いました」
そんな時、親友から受けた叱咤。「名倉、どんな仕事でもいいから今すぐやれ!」
ハッとして、それからは企業回りの飛び込み営業、ベンチャー企業勤務、旅館での住み込み、健康水販売など次から次へと「まるでドサ回りのように」転職を繰り返した。
03年、弟のアドバイスを容れ、母と別れて初めて大阪を出て東京に転居。東京でもいろいろな仕事に就いたが、仏教の勉強だけはどこにいても欠かさずに続けた。
ようやく、京橋の区民会館を借りて月一度の法話会、静坐会を始めた。参加者は多くはなかったが、わずかずつ増えた。
或る日、会に参加してくれている大学の先輩から「名倉、お前は正式に坊さんになったほうがいい。でないと、おれはお前をよく知っているからいいが、世間の人はなかなか信用してくれないぞ」と言われる。
「そやな。考えてみれば親鸞さんも蓮如さんも、蜂屋先生だって24時間仏教をやってはるやないか。今が片手間というわけではないが、どんなことでも24時間やるのがプロや」と気付く。
東本願寺の僧として得度したのは43歳だった。
「43という年齢は私にとって意味があるんです。尊敬する禅僧・森本省念老師もずっと在家であったのが43の時に出家された。法然上人も43の時に悟られたといいます」
いまも101歳で健在の蜂屋教正師もようやく「自ら決断した」ことを喜んでくれた。
寺住まいの経験がなかったので、ニューヨークに来る前の4年間はあえてハワイにある東本願寺別院で過ごした。
「親鸞聖人という人は、ずっと借家住まいでお寺を建てるつもりの全くなかった人です。私もお寺にはこだわらず仏法本来の道を歩こうと考えています。何もないところから始めてこそ値打ちがあると思うんです」。

名倉さんの法話会の案内には「自力の国アメリカで、他力に目覚める」と書かれている。
「幸せになるために努力するのは人間として当たり前のこと。しかしそれだけでは必ず行き詰まります。他力というのは他人の力ではありません。自分が今生きていること、それがすでに他力なのです。この世の因縁、一切が他力なのです。自力はそのまま皆他力。100%他力に目覚める、このことをお伝えしたいですね」
関西弁の柔らかな響きの奥に揺るぎのない強さが見えた。(塩田眞実)

親蓮坊・名倉幹
mikinakura87@gmail.com
Tel: 917-769-8253


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