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「眠り」2008年/カラーラ大理石 |
この6月、マンハッタン・リバーサイドパーク(ハドソンリバーサイド&63丁目)に白い彫像「Lovers(恋人たち)」が設置された。3メートル50センチにおよぶこのモニュメントはNY在住の彫刻家、吉野美奈子(富山県出身)さんの手によるものだ。
彫刻にしろ絵にしろ美奈子さんの作品には「あらゆるものは宇宙の一部であり本来すべてはつながった存在」との一貫した思想が込められている。この思いをわかりやすく伝えるため日本の国造りの神話「イザナギ・イザナミ」伝説を取り込んだ。「世界は愛から生まれた」というコンセプトは訪れる人々の胸に「一体感」を放射している。
この野外展示は美術校「アートスチューデンツリーグ」(以下、リーグ)とNY市のコラボレーションで開催されている「パブリック・アート・コンペティションM2M」の優秀作品を集めたもので、美奈子さんは第4期の7人に選ばれた。展示は来年5月まで続く。
今でこそ彫刻で名を馳せているが元々は画家、彫刻には縁のなかった美奈子さん。13年前、2ヵ月の滞在予定でNYに降り立ってから数奇な出会いをいくつも体験しながら今に至っている。美奈子さんがリーグでキャンバスに向っていると「たまたま隣に坐っていたオジサンに『美奈子の絵は素晴らしい』と声をかけられたんです」。帰国を2日後に控えていた。オジサンは、自分が抱えている大きなプロジェクトを助けて欲しいと依頼してきた。内容はシティホール近くのビルでの大理石の修復工事。「石に古さを出すための色の調合を頼みたい」と言う。「エイジング」と呼ばれる作業だ。「二度ほどお茶を御馳走してもらったこともあり、日本人の私としては助けてと言われて無碍にお断りもできないでしょ(笑)」
翌日、一日かけて12色を混ぜ合わせた場合のカラーチャートを作り、配合率、塗り重ねの回数など日本人ならではの几帳面なデータを提示した。修復関係者たちは舌を巻き「美奈子はスゴイ!」とたちまち評判に。翌日、JFKで搭乗開始を待つ美奈子さんの携帯電話が鳴った。「今どこにいる?」修復のオジサンだ。「だから私は日本に帰ると言ったでしょ!」「美奈子がいないと仕事にならんとみんなが言っている。日本に着いたらすぐにNYに戻って欲しい」
「英語に自信なかったし修復の専門家でもないんですよ、私(笑)」。当惑する美奈子さんだが押し切られた。イエスかノーしかない。日本だったら「ひと晩考えさせて」もある。が、NYでは運命の出会いやチャンスは行き過ぎてしまう。
「お帰り」と娘を迎える母に美奈子さんは即座に告げた。「お母さん、1週間したら私、NYに戻らなきゃ」
NYの修復現場で働き始めて3日後、目と鼻の先で「9・11」が起こった。
ある日のこと、修復現場で大きなゴミ収集用コンテナに目が釘付けとなる。膨大な量の大理石の塊が積みあがっていたからだ。古いものに混じり新しいのもある。余分に注文するから不要になるのだ。「なんという国なの!大理石は地球が何億年もかけて作ったかけがえのない地球のカケラよ!」美奈子さんは心の底から憤慨した。
「勿体ない、はこの国には通用しないんだ」と覚った。「そうだ、リーグの彫刻科にぜんぶ寄付しよう」。しかしこのアイデアは、運搬、保管にかかるコストの面であっけなく頓挫。何しろ石は恐ろしく重いのだ。彫刻科の先生から「その石で作品を彫り学生たちに紹介したらどう? 個人レベルで大理石を使ってもらったらいい」との助言を受ける。「彫る以上は彫刻科に所属しなくては。でも絵を描きに来た私が、しかも大理石を寄付しようとした私がなんで授業料まで納めて彫刻コースとらなきゃならないの?」。思いがけない事態の進行に釈然としない美奈子さんを「流れ」は否応なく運命に巻き込んでいく。初めての大理石作品「トルソー(人体)」は学生展で展示すると彫刻科優秀賞を受賞し、たちまち買い手がついた。NYを訪れていたロス在住のオペラ歌手の目にとまったのだ。
その後も美奈子さんは何度か日本に帰ろうとするが、そのつど運命に引き止められる。いつも最後には「じゃあ分りました、やります!」と説得されてきた。「まるで波乗りしてるような感じ。ひとつの波に乗っているとまた新たな波がやってきて別の所に運ばれていく」
現在、依頼を受けて、ペンシルバニア州の石切場に近いレイクウッドで2メートルの「人魚像」を製作中だ。作品はNJのエッジウォーター「パール・パーク」に永久設置される。使用するブルーストーンはふつう建材に用いられるもので彫刻作品は稀。出来上がれば今年冬から来春にかけ日本人作家の彫刻作品がハドソン川をはさんだ両岸に建つことになる。
修復分野でも大きな足跡を残した。ウエスト57丁目のランドマーク、「ハーストビル」の彫像12体の修復を一人で手がけたのだ。
次の波はいつどのようにどこへ美奈子さんを運んでいくのだろうか。
(塩田眞実)
吉野美奈子氏の初エッセイ
「夢追人]
amzn.to/1gSGShv
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