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よみタイムVol.173 2012年1月13日号掲載
居合道歴26年、日本舞踊歴23年 デボラ・クレンズ・ビッグマン

人生の両輪、居合道と日本舞踊
今年で、居合道歴26年、日本舞踊歴23年になる。デボラ・クレンズ・ビッグマンさん、一日の勤務を終えても、まっすぐに帰宅の途につくことはまれだ。それもそのはず、デボラさんが主宰する武道グループ「居合会」の稽古は週3回。その合い間には「宗家藤間流」の踊りの稽古が加わって、日本の伝統武道・芸能にほぼ毎日真正面から向き合っているのだから。ここで、日本人でも「居合道ってどんなもの?」、という向きも多いと思うので、まず簡単に説明しよう。
 居合道は(抜刀術ともいう)、日本刀(稽古では居合刀と呼ばれ見た目も重量も真剣と変わらない練習用の合金製)を用い、一人で行う型の反復練習を通じて技の向上と克己心を高める伝統的武道のひとつだ。刀の抜き方から始まり、相手を制した後は残心を示しながら静かに鞘に納めるまで、流れるような無駄のない所作を身につける。「動く禅=動禅」として受け止められ、アメリカ人の間で愛好者が増えている。

 デボラさんはペンシルベニア州の出身。
 「私は子どものころヨーロッパ中世にとても興味を持ち、アーサー王伝説とか騎士物語を読み漁っていたんです」。「中世の軍事もの、アジアや日本の文化紹介の書籍などを読み漁ったものです。理由はよく分からないんですけどね。家族の中では私だけ」と笑う。大学で生物学を教える父親は、半ば呆れながらも、いずれ中世史の専門家にでもなってくれるだろうという期待もあったようだ。
 「ダンスにも興味があったけど、家はペンシルベニアの田園地帯。一番近いダンスの先生の所までクルマで45分、あきらめました。その代わり父が勤務する大学の図書館で、たっぷりと読書することができた」というから自他ともに認める変わった少女だったようだ。
 ミネソタ大学と大学院では演劇を専攻。在籍中に西洋のフェンシングを始める。「いい戦績は残せなかったけど、それなりに楽しかった」と振り返る。やがて西洋剣士は居合道と劇的な出会いを経験する。
 ニューヨークに移ったのは1980年のこと。ニューヨーク大学大学院で博士課程を取ったためだ。ある時、フェンシング仲間から練習の後に映画に誘われる。当時ビレッジにあった名画館「ブリーカーストリート・シネマ」である。特に火曜日の夜の黒澤映画や小津映画などが日本映画で人気があった。
 その日は練習でクタクタ。早く家に帰りたくて初め断った。チャンバラ映画も退屈な思い出しかなかった。ところが、その夜は映画の合い間に、舞台でサムライの演武があるという。「映画館に入ると、1回目の映画が終わっても観客が帰らない。みんなデモンストレーションを楽しみにしているんです。次の映画の客たちも入ってきて狭い会場は400人を超えるほど。私も壁際で立って見ていました」。そこに登場したのが師となった故大谷義輝先生。スポットライトを浴びて抜刀する姿は迫力満点。
 「最前列の観客たちはのけぞるように客席に貼り付いていましたね。誰一人席を立つものはなかった」という。84年のことだった。
 「帰りがけにチラシをもらって考え抜きました」とデボラさん。満を持してコンタクトをとったのは2年後の86年。「ちょうど30歳の誕生日だったんです。いつも人生の舵を大きく切るのは誕生日」というデボラさん。夢想神伝流の居合道に完全にはまった。
 人生の舵を大きく切って弾みがついたのか、日本舞踊との出会いも突然目の前に開ける。
 「どこかで歌舞伎ダンスグループが活動している」といううわさは聞いていた。だがインターネットの時代ではない。ある時、狂言のレクチャーを見に行った。席がないので床に正座していると、観客席にいた二人の女性から「よく正座していられるわね、何かやってるの?」と声がかかる。「『居合道をやっている』と答えると、『私たちは日本舞踊をやっている』という。もう、夢のような出会いでした」。こうしてデボラさんの人生の両輪は不意にやってきたのだった。舞台芸術で博士号を取得したあとは、ますます日本の伝統に近づき、居合道の「演武」は武道であることはもとより、広義のパフォーミングアートとしても捉え直して現在に至っている。
 「日本舞踊も居合も、間の取り方、序破急のリズムが肝心なのは同じ。両方を同時に続けることには深い意味があります」

 「どちらも私の人生そのもの」。居合道は暮らしの中でどう生かされていますか、との問いに、デボラさんは「常に『残心』を忘れないこと。電車の中でも、エレベーターの中でも、私は寄りかかるということをしません。軽い緊張感を自分に課しているんです」。
 不測の事態のために警戒を怠らないという剣士の心構えが身ごなしの隅々に現れている。         
(塩田眞実)

デボラさんの「居合会」情報
www.iaikai.com
www.dklens-bigman.com