2018年8月24日号 Vol.332

子供たちの世界が広がっていく…
そういうところも描きたかった

「僕の帰る場所」
監督:藤元明緒
俳優:來河侑希

今や世界共通の問題といえる「移民」。トランプ政権下のアメリカでは以前にも増して深刻な問題だ。日本でも同様の出来事が起きているにもかかわらず、アメリカとは異なりニュースになることがあまり無い。「僕の帰る場所」は、ある在日ミャンマー人家族に起きた実話をベースにした物語だ。

saito

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本作はミャンマー人家族の物語だが、当初は違う企画でスタートしていた。「5年ほど前になるんですが、自分で製作してみようと色々企画していたんです。そんな時、ある製作会社の社長さんから、『ミャンマーで日本人が成功する話はどうだろうか』と提案をいただいたんです」と話すのは、本作で一家をサポートする青年ユウキ役で出演している來河侑希(きたがわ・ゆうき)氏。だが、來河氏はミャンマーについて何も知らなかったため「百聞は一見にしかず」と渡航した。一度でミャンマーが気に入った來河氏、プロデューサーと共に映画制作に取りかかるべく監督を募集。藤本明緒監督に出会うこととなった。「特にストーリーの面白さ、企画のスケールの大きさ、センスなどが素晴らしかったので、藤本監督を選びました」と來河氏は振り返る。

「当初の企画は、ストリートチルドレン(ホームレスの少年)と14歳の娼婦の恋愛映画。『娼婦』ですからセックスシーンが含まれていたのですが、ミャンマーでは上映不可ということが発覚。やむなくその企画を断念したんです」と藤本監督。その後、本作のモデルとなったミャンマー人家族と遭遇した藤本監督、脚本を書きスタッフを集めて「僕の帰る場所」の制作をスタートさせた。

主人公一家を演じるのは、母役・ケインさん、長男役・カウンくん、次男役・テッくん、父役・アイセさん。彼らは日本在住で日本語を話すが、実はみなプロの役者ではないという。とにかく全てが自然だ。
「映画の家族と、実際の彼らの状況は違いますが、滞在ビザや言葉、子供の教育など、周囲で起きている問題は同じです。自らが普段、感じていることが映画の内容と酷似していたため、たやすく理解できた。『演じる』というレベルが初めから高かったのが良かったと思います」と藤本監督は分析する。
では、逆に苦労したこととは何か。
「一番の問題はテッくんでしたね。まだ小さかったので、たまにグズるんですよ(笑)。彼にしてみれば、『演技』と理解していませんでしたから」。だが劇中、「家族」としてのやりとりは実に自然。それもそのはず、ケインさんとカウンくん、テッくんは実際にも家族なのだ。「実父は横で見ていたこともあり、テッくんは父親役のアイセさんのことを絶対にパパと呼ばないんですよ。撮影当初は、パパが2人いることが理解出来なかったようですね」と監督。「お兄ちゃん(カウン)の理解力は素晴らしかった。我々の意図をちゃんと汲み取り、演じてくれました」と來河氏は絶賛する。

一家はやがて日本に留まるか帰国かの選択を迫られ、母は2人の子どもを連れてミャンマーへ戻る。だがミャンマーでの生活に馴染めないカウンは、部屋に引きこもり暗い毎日を送る。そんな息子に母が「カウンは、ミャンマー人でしょ?」と問う。少年は「ミャンマー人じゃない。日本人!」と答える。日本へ移住した母にとってその国は何年経っても第2の故郷でしかない。しかし、日本で生まれ育った2世には、その場所こそが「母国」であり「祖国」。親子でありながら、そのアイデンティティが異なるために生じる価値観の違い。「日本へ帰りたい」と家を飛び出したカウンは空港を目指すが、その道中で同じ境遇の子どもたちに遭遇する。日本語で会話し、楽しそうに遊ぶカウンの姿が胸を締めつける。

「2つの国家、国籍問題で揺れている子どもたちにとっても『そんな境遇は君ひとりだけではないよ。僕も理解できるよ』というところを描きたかったんです。そして他の子どもと交わる中で成長し、彼らの世界が明るく広がっていく。そんなところも描きたかった」と藤本監督。我々に改めて「母国とは何か」を問いかけ考えさせる作品。


僕の帰る場所
Passage of Life


在日ミャンマー人の幼い少年とその家族の実話をもとにした、日本・ミャンマー共同作品。藤元監督の初長編監督作品。祖国を離れて日本で暮らすミャンマー人一家。日本で育った兄弟は、母国語のミャンマー語ではなく日本語で会話し、自分は日本人という認識を持ち、他の友達と同じように学校に通い、両親と共に生活をしていた。そんなある日、一通の通知を受け取ったことをきっかけに息子二人を連れて母・ケイン(ケイン・ミャツ・トゥ)が、ミャンマーへ帰国することを決心する。実際に日本で暮らす演技経験のないミャンマー人をキャストに抜擢し、移民家族の日常と葛藤を描く。母国であるミャンマーと育った国である日本の狭間で奮闘する少年・カウン(カウン・ミャッ・トゥ)の感情をヒューマニズムとドキュメンタリータッチで優しく追う。第30回東京国際映画祭アジアにて未来部門作品賞と国際交流基金・アジアセンター特別賞のダブル受賞を果たす。

2017年|99分
監督:藤元明緒
出演:カウン・ミャッ・トゥ ケイン・ミャッ・トゥ アイセ テッ・ミャッ・ナイン
(Photo: Passage of Life_01 © E.x.NK.K)


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