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Vol.200:2013年2月22日号
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 よみタイムについて
河野洋: 名古屋市生まれ。12歳でロックに目覚め、ギター、バンド活動を始める。89年米国横断、欧州縦断のひとり旅の後、92年NYに移住。03年ソロアルバムのリリースと同時にレコード会社、Mar Creation, Inc.を設立。現在は会社では、アーティストマネジメント、PR、音楽、映像制作などエンターテイメントに関連するサービスを提供するかたわら、「NY Japan CineFest」「j-Summit New York」などのイベントをプロデュース。その他にも、エイズ、3.11震災後の日本復興に関わるチャリティイベントや、平和、社会、環境問題などをテーマにしたプロジェクトにも積極的に取組んでいる。
ウェブサイト : www.marcreation.com / メール: contact@marcreation.com
「オンガク喫茶」のこぼれ話はブログ「ゼロからのレコードレーベル」

よみタイムVol.200 2013年2月22日発行号

頂点から解散、そして覚醒へ
渋いおやじロッカーたち!
マミーヘッズ


 メンバー自らが「風変わりな音楽」と称するマミーヘッズ(The Mommyheads)は、 ロックスターが持つ華やかなイメージとはかけ離れた風貌の面々。だが、音楽に関して言えばメンバー全員(アダム・エルク、マイケル・ホルト、ダン・フィッシャーマン、ジェーソン・マクネア)が熟練された、それこそインディーロックの殿堂入りをしていてもおかしくない、アメリカの超職人ロックバンドなのだ。

 マミーヘッズから彷彿させるアーティストを挙げたらきりがない。ビートルズ、キンクス、ジェネシス、ジェントル・ジャイアント、XTC、トッド・ラングレン、スクイーズ、テレビジョン、クラウデッド・ハウス…。これらのバンドには共通点がある。卓越したメロディーライン、繊細なリズムアンサンブル、シンプルながらも味わい深い歌詞…つまりマミーヘッズにも、そうした要素が備わっているのである。
 昨年発表された最新作「Vulnerable Boy」も、そんな彼らの「匠の技」が美しい旋律に織り込まれ、聴く度に新しい発見がある最高のポップアルバムに仕上がっている。甘美なピアノで始まる「On A Clear Night」から、泣きのサビが印象的な「Medicine Show」まで一気に駆け抜けるクラシカル且つ壮大なポップワールドは圧巻。疾走感がたまらないアップテンポのギターロックチューン「Skinny White Uptight」、ジョン・レノンがプロコル・ハルムをバックに唄っているかのような「Bleed From A Glass」も素晴らしい。
 そんなマミーヘッズとは…。

 リーダーのアダムを中心に1987年に結成。インディーズの王道を着実に歩み続け、1997年のメジャー契約で一度は頂点を極めるが、1998年に解散してしまう。
 「1996年、僕たちは全米ツアーができるくらいになっていて、インディーバンドとして上り坂をグングンと駆け上っていた。そんな時に大手レーベルのゲフィンレコードとの契約が決まり、僕たちのバンドワゴンは更に加速したのさ。山積みの契約金を手に入れ、モーテルからホテルに格上げし、美味しいものを食べ、著名プロデューサー、ドン・ウォズ(グラミー賞受賞)と、最新設備のスタジオでレコーディング。もう僕らは完全に有頂天になっていたね」
 しかし、そこには思わぬ落とし穴がバンドを待ち構えていた。
 レコードをリリースしたものの一切プロモーションをしない、といういわばレコード会社にしてみれば予算カット、バンドにしてみればリストラ宣告だった。
 どんなに良質のアルバムを作っても宣伝しなければ売れない。しかも皮肉なもので、セレブ生活の味を覚えてしまった彼らは、再び「どさ回り」的なバンド活動に逆戻りすることが出来ない。精神的にも肉体的にも限界だった。
 結局、バンドは「解散」という文字を歴史に刻む。

 マイケルは言う。「長年インディーズで苦労していた僕たちにとって、メジャーこそが答えだと思っていた。より多くの人に僕たちの音楽を聴いてもらい、音楽活動に専念できる環境が、メジャーの世界なのだとね。もちろんレーベルの方針が変り状況が悪化したのは確かだったけど、同時に僕たちは商業的音楽を作り成功しようという、それはレコード会社ではなく自らが課したプレッシャーによって、バンドを歪ませていたんだ」
 解散後の沈黙は深い眠りだったのだろうか。10年の月日が流れる中、メンバーは各々の道を進むが、同時に「マミーヘッズ」への思いは募っていく。
 そして、オリジナルメンバー、ジャン・コティック(ドラム)の死が弔いの鐘となり、2008年、追悼コンサートでマミーヘッズは覚醒した。

 「昔は有名になりたいとか、成功したいとか、そんなエゴもあったけど、今は純粋にマミーヘッズの一員として演奏する喜びをかみしめている。もう迷いはないし、インスピレーションの赴くままに音楽を楽しみたい」と、力強く語るマイケル。
 ポケモンのテーマ曲を歌い、コマーシャル音楽の制作会社の社長としても成功しているアダムも「エベレストの頂上に到達できる人は限られている」と、その言葉は自信に満ち溢れている。

 「日本人ニューヨーカーに、ぜひライブ会場で会いたいね」と、よみタイム読者にラブコールをくれたマミーヘッズ。時代を生き抜き、今もなお結成当時と変らない気持ちでロックし続ける姿は­、正にインディーズの最高峰と言えるだろう。
 「昔の名前で出ています」的ではなく、最新アルバム「Vulnerable Boy」からの曲を中心に、堂々勝負のコンサート。ひたむきに音楽を愛し続ける本物の渋いおやじロッカーたちに、強烈なパンチを喰らいそうだ。
(河野洋)

The Mommyheads
■3月2日(土) 6:30pm
■会場:Rockwood Music Hall
 196 Allen St. ※入場21歳以上(要ID)
 Tel: 212-477-4155
■$10 (1ドリンクミニマム)
www.rockwoodmusichall.com