大聖堂に一歩足を踏み入れれば、そこには自分と宇宙を結ぶ空間のみが存在する。その静寂の中で、「音」を生み出す物体、そして自分自身をビジュアル的にトータルコーディネイトし、美しいサウンド・コラージュを作り出すアーティスト。それが韓国系アメリカ人のボラ・ユーンである。
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ボラのステージには様々なオブジェが並ぶ。ヴァイオリン、キーボードと言った楽器の他に、蓄音機、オルゴール、携帯電話、水、おわん。彼女にしてみれば、いかなる物も「音が出る」という観点からすれば楽器となる。雑音さえも立派な音楽の要素だ。
冒険的なアプローチだが、彼女が作り出す音楽は、エクスペリメンタルと言うよりはスピリチュアルで、非常に緻密に構築されたものだ。それは無関係に見える「サウンド」の数々を、まるでシャボン玉を作るかの様に一つ一つ、しかし、決してお互いがぶつかることなく浮遊させる、絶妙の音のバランス感覚を彼女が身につけているからだろう。
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生まれはシカゴ。ニューヨークに拠点を移し10年になるが、両親の母国、韓国に住んだことはない。とは言え、母と話をする時は英語と韓国語を使う。そんな彼女が「韓国人の自分」を意識するようになったのは、2007年にサムスン(Samsung)と仕事をしたのがきっかけだった。
「大人になるに従って自分というものを深く見つめるようになります。私の創造性は直感的なことが多く、他人にすぐに理解されなかったりもしますが、そうした部分は韓国人としてのアイデンティティにも関連があることに気がつき始めたのです」
韓国の国旗にもあるように、中央に水と火、月と太陽など、相対する二つのものが調和するように円を成している。時に理解されない芸術家の独自性や創造性は、深く掘り下げ、追求していくと、いずれその世界観は形を帯び、人々にも受け入れられるようになる。ボラは韓国の文化に、自分が取組んできたアートとの類似性を見いだした。
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そのボラ・ユーンが今春、5作目となるアルバム「Sunken Cathedral(沈下した大聖堂の意)」をリリースする。2006年から2013年に取組んだ作品を集めた、彼女にとって集大成とも言えるアルバムである。それは単に7年という時間を費やしたからだけではない。一つのものを作り上げる、つまり、アーティストとしての世界を確立する為に、極限まで内面に向かい自己検証するというヘヴィなプロセスの連続だったからでもある。
アルバムについてボラはこう語る。
「中国医学にあるように、怒りと肝臓、恐れと腎臓、喜びと心臓など、人間の臓器と感情は密接な関係があります。今回のアルバムは、そうしたアイデアをモデルにして、各曲が特定の臓器や感情を表現すると言ったアプローチでもありました」
またボラは女性アーティストとして、単に女性的な美しさを表現するだけではなく、「創造と破壊」を包含する女性のパワー、エネルギーを集約させるアルバムにしたかったと言う。死、再生、光、影、そうしたテーマが彼女の独自の世界観で描かれている。
「このアルバムを聞いて頂けることに歓びを感じています。人種や文化の違いは存在しますが、それらを越えられるものは芸術です。私たちは世界を分離するのではなく、万国共通の言語、すなわち、アートの力で結束することができます。皆さんと一緒にアジアのコミュニティを育んでいけたら光栄です」と読者へのメッセージをくれたボラ。
彼女が作り出す音の宇宙空間を体験すれば、音楽に対する観念は一掃され、まどろみの大聖堂が姿を現すだろう。
(河野洋)
Bora Yoon:Sunken Cathedral
■1月28日(火)・29日(水)8:30pm
■会場:HERE Arts Center
145 Avenue of the Americas
■Tel: 212-647-0202
■$15
■www.here.org |