ぶれない音楽家。そんな言葉がぴったりと来るのがピアニストであり作曲家の永井晶子(ながい・しょうこ)だ。弾く、叩く、はじく、押さえる。彼女はピアノを始め、シンセザイザー、アコーディオン、コンサーティーナなど多種多様の鍵盤楽器を操うキーボード職人。
愛知県名古屋市に生まれた永井は、4歳で音楽に目覚め、地元のヤマハ音楽教室に通い始める。高校を卒業後、エレクトーン講師として1990年から6年に渡り毎週100人もの生徒たちを教えた。
その間、ヤマハ主催のエレクトーン・フェスティバルにも出場し続け、コンペティションで世界大会まで極める。しかし、ピアノという生楽器すら良く知らないままだった演奏家としての自分に疑問を感じ、アメリカという新天地への移住を決意。
当時ジャズ・ピアニストを目指していた彼女は、ボストンのバークリー音楽院で、来る日も来る日も練習に明け暮れた。1999年に同音楽院を卒業するとルームメイトの後を追うかのようにニューヨークに拠点を移した。
ジャズを学んでいたものの、演奏をしていると一人だけ「譜面のないところに行ってしまう」と笑う永井は、ジャズというより、ジャズっぽい演奏している自分に疑問を感じ始め、ニューヨークではコンテンポラリー・ジャズの世界にどっぷりと入って行き、当時は未だトライベッカにあったニッティング・ファクトリー(現在はブルックリン)で毎月演奏活動を続けていた。
そんなある日、一本の電話が鳴った。それは、奇才ジョン・ゾーンからのセッションへの直々のお誘いだった。このジョンとの衝撃の出逢いは、ジャズと言う観念を取払い、更に前衛的、より自由な音楽スタイルへの追求に永井の目を向けさせ、現在の彼女を作り上げる上で大きな転換期となった。
しかし、彼女の凄いところは、現代音楽やエクスペリメンタルのみならず世界の伝統音楽、フォーク音楽まで演奏できる幅の広さだ。彼女はイスラエル人の友達が多かったことも手伝い、アコーディオンの演奏機会が増え、今ではアコーディオニストとしての評価も非常に高い。実際にロシア系ユダヤ音楽、ルーマニアのジプシー音楽のアーティストたちのバンドの一員として堂々と活動している。
「一般的なピアニストと異なり他のアーティストたちから重宝される理由は、特定のジャンルやスタイルだけを得意とするわけではく、幅広い音楽性や様々な要望に対応できる順応性だと思います。エレクトーン時代の音楽講師の経験やバークリー音楽院での練習の日々、今の自分を見つける為の遠回りのプロセスのお陰でしょうね」と自己分析する。
そんな彼女に多大なる影響を与えている一人が、夫であり、音楽家としても尊敬してやまない武石聡である。クリエイティブ且つオルガニックな個性派ドラマーに、彼女はパートナーとして絶大な信頼を置いている。
そして、彼女の活動のキーワードには映画音楽もある。2006年に制作された「スターフィッシュホテル」(ジョンウイリアムス監督、佐藤浩市、柄本明主演)では初のサウンドトラックを担当。これがきっかけとなり映像と音楽の世界でも活躍するようになった。
中でも武石聡と音楽を担当したリンダ・ホーグランド監督の2つのドキュメンタリー作品、「ANPO」(2010年、文化庁文化記録映画部門文化庁映画賞、横尾忠則、加藤登紀子、串田和美出演)と「ひろしま - things left behind」(2012年、写真家石内都出演)は永井晶子/武石聡の音楽美がリンダ・ホーグランド監督の映像美と溶け合う素晴らしいコラボレーションとなっている。
今年は11年ぶりとなる新作のレコーディングも予定しているという永井晶子。ライブでは、2010年以来となるブルックリンの「ルーレット」で、「KAGEFUMI(影踏み)」と題したコンサートを行う。オリジナル3曲に即興演奏から成る一部構成で、メンバーは武石聡の弟でもある武石務(ベース)、ジム・ブラック(ドラム)を含む6人構成。うち一人はビデオ・アーティストで、音と映像の世界も楽しめる内容になっているという。
「良い音楽を作る為には妥協をしない性格ですが、年を重ねるごとに学んでいることも多く、力まず自然体で音楽ができるようになってきていると思います。音楽は私の人生のミッション、それを皆さんに聞いて頂けたら嬉しいですね」と言葉を締めくくった。
永井晶子がいかにぶれないアーティストであるか、今回のコンサートで是非とも体験してほしい。
(河野洋)
Shoko Nagai's tAKE'N sHADOWS
(KAGEFUMI)
■3月10日(月)8:00pm
■会場:Roulette
509 Atlantic Avenue, Brooklyn
Tel: 917-267-0363
■$20、学生/シニア/メンバー$15
■roulette.org |