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よみタイムVol.122 2009年10月2日発行号

 [其の35]

ドキュメンタリー映画のスティーヴン・オカザキ

人生奪われた戦争犠牲者に光
カンボジア内戦描いた話題作
戦争撲滅へ説得力ある映像を

 今年のオスカー賞ドキュメンタリー映画部門に、日系3世スティーヴン・オカザキのカンボジア内戦を描いた『The conscience of Nhem En』がノミネートされ、話題となった。
 国民の大半が虐殺されたといわれる1978年から15年間続いたカンボジアの内戦で、拷問され、虐殺される女子どもを含む6000人の一般国民の顔写真の撮影という任務を課された16歳の少年兵の記録である。自分がその撮影をした人たちが拷問され、殺される様を無言で凝視する少年兵。
 戦争によって人生を変えられた日系人や日本人のドキュメンタリーを、80年代から作りつづけてきた日系アメリカ人のオカザキ監督が、視点をアジアの戦争にまで広げた秀作である。
 日本の関わった戦争の被害者は、日本人だけではない。真珠湾攻撃の翌年1月22日、西海岸在住の日系アメリカ人たちは、敵性外国人とみなされ、大統領令によって、わずかな身の回りの品だけを持って山岳砂漠地帯に設営されたキャンプに収容された。
 戦後、市民権を持った日系人を外国人として隔離したことに対する日系人たちの国家にたいする謝罪要求運動が起こり、やっと80年代になってからレーガン大統領によって謝罪された。この時、戦争も日本語も知らない若い三世の日系アメリカ人たちが、口数の少ない祖父母や両親のために大活躍した。 
 戦後生まれのスティーヴン・オカザキが日系人の強制収容を扱ったドキュメンタリー映画『Unfinished Business』を 作ったのはそうした運動の盛り上がった時代だった。敵性外人として強制的に砂漠のキャンプに移住させられた日系人の中で、自分たちはアメリカ市民であると主張して、移住を拒否した3人の若い青年たち。彼らは戦後になってもFBIに追われていた。彼らを追ったこの映画は、85年のアカデミー賞のベストフィーチャードキュメンタリー部門で受賞している。
 この収容拒否者の一人は、後に作られたドキュメンタリーで「拒否したのは恋人と別れたくなかったから」と語っていた。こういうもっとも人間的な理由が、政治的なヒステリーによって無視されたということだろう。やはりオカザキの作品で、91年にショート・ドキュメンタリー部門でオスカーを受賞したドキュメンタリー『Days of Waiting』には、日系人の夫に従って自発的にキャンプに入った白人女性エステル・イシゴが、日系人に混じって収容所の金網越しに外界(一般社会)を眺めるシーンがある。戦争のもたらす弁解の余地のない非人間性を端的に物語っていた。
 被爆後60年たった広島や長崎で、4人の被爆者たちの生き様を記録した『White Light / Black Rain』(08年エミー賞受賞)は、核兵器の危険性に疎いアメリカ人に、この兵器の残虐性を視覚的に示して圧倒した。原爆のシンボルはきのこ雲ではなく、その下で虫のように苦しみ、その苦痛を何世紀もひきずる膨大な数の人間の群れであることを示している。
 毎日、凄まじい人工的な視聴覚的刺激をたえまなく受けている現代人には、言葉のような原始的伝達手段は効果を失っているようにみえる。
 言葉を実感する能力は、即物的に訴える音やイメージの陰に隠れているのなら、ドキュメンタリー映画は、映像というメディアを伝達手段としているので、内容を直接伝達するにはベストだろう。想像力を失っていると、上から爆弾でも降ってこないかぎり実感できないかもしれないので、映像による疑似体験は役に立つ。
 オカザキの視点はいつも、戦争の最先端で危険にさらされ、犠牲にされる一般市民や無抵抗の人間の上にある。戦争の主導権を握る政治や権力に無視され、切り捨てられるこうした犠牲者たちを前面に出す。
 人生を奪われた声なき戦争犠牲者に光を当てようとするオカザキの情熱を無視するのは無知でしかない。ドキュメンタリーの制作は、ドラマよりもはるかに多くの困難があるし、資金も時間も要る。オカザキの情熱に感嘆するばかりだ。
 今、戦争をなくそうという世界の動きにもっとも説得力のある映像が彼のドキュメンタリーかもしれない。