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 よみタイムについて
 
よみタイムVol.136 2010年5月7日発行号

 [其の41]

作家・宮内 勝典(みやうち・かつすけ)
超自然の世界に興味示す
非文明の国旅して自分探し
現実を超え、神々とも共生

 『バリ島の日々』という宮内勝典さんのエッセイを読んでいる。1995年に宮内さんがバリ島を訪れたときの紀行文である。以前手にいれたのに、そのまま本棚に置いたままになっていた。
 バリ島の生物の強烈なエネルギーに圧倒されながら、島のあちこちに散在する見えない霊魂に、少しおびえ、それでも心惹かれる宮内さんの姿が目にうかぶような気がする。 
 宮内さんは長いことイーストビレッジに住んでいた。私が宮内さんと知り合ったのは80年代の末で、そのころのイーストビレッジは、住人以外の人があまりいない、ニューヨークの中でも少し特殊な地域だった。でもここに住む人たちにはある共通するものがあった。アーティストや作家、詩人など自由な生き方をする人が多く、会社などへの通勤者が少ないので、朝、この地域の最寄りの駅のアスタープレイスは閑散としていた。ネクタイをしている人はまずいなかった。
 建物はほとんどがエレベーターのない5、6階建ての古い住居で、さまざまな国の移民たちが開いた古い小さい店が並び、それなりに下町らしい趣があった。
 当時、イーストビレッジの小さいバーを舞台にした小説『グリニッジの光を離れて』で脚光をあびた若い作家だった宮内勝典さんは、セントマークスプレイスに仕事場を持っていた。私はたまたま同じアパートに住んでいた。最上階の仕事部屋に通う宮内さんと1階に住む私がどうして個人的に知り合ったのかは覚えていない。
 深夜、私が外から帰ると、時々アパートの入り口の階段にもたれて、宮内さんが立っていた。うつむき加減の顔に髪の毛がかかり、両手を後ろ手に組んで背を柱にもたれている。日本の文芸誌に連載中の宮内さんは、そうやって時々息を抜いていたのだろう。そんな時、近所のイタリア人のやっているコーヒー屋へ行って話し込むこともあった。
 彼の関心は、いつも超自然の世界だった。霊界との交信を信じるエマヌエル・スウェーデンボリや自然界の中に紛れ込む宮沢賢治が彼を虜にしていた。見えない生命が彼をつき動かしていた。彼の視線はいつも、何かをいぶかるようにためらいがちに対象に向けられていた。
 まだ文明化していない、あるいは文明化を拒んでいる人々と接するために、メキシコやグアテマラ、その他南米の国々をよく旅し、捨て身でその中に入っていく。そうやって彼自身の心の原点を探そうとしているのだった。その体験は、やがて彼の壮大な作品の素材となっていく。しばらく見ないと、いつのまにか髪がすっかり白くなっていて驚いたこともある。この人は、恩返しをする鶴のように身を削って書いているのだと想った。
 「グアテマラの小さい村の教会へ入って行ったときのことは忘れられない。教会はふつう誰にでも開かれた場所のはずなのに、ぼくが入ったら、とたんに空気が変わってものすごく緊張した。全員がぼくに鋭く目をむける。ぼくに対する敵意が満ち満ちている。ぼくはどうしていいかわからない。すると、一人、頑強そうな男が恐ろしい形相でぼくに近づき、出て行け! と叫んで、ぼくの身体を鷲づかみにして外に放り出した。今思うと、ぼくは、あの男に助けられたんだなあ」
 壁に十字架はあるものの、天井の低いこんもりした造りの構造のその教会は、中に入ると椅子はなく、人々は土の上に座り、土の上に無数のろうそくを灯していたそうで、あきらかに、征服者だったスペイン人に弾圧された地元の宗教の隠れた姿だったらしい。そこに紛れ込んだ異邦人は、本来、抹殺されるところだった。宮内さんを助けたのは、その男の機転だったのだろう。
 宗教とは人間の存在理由であって、衣服のように自在に着替えられるものではないということを、宮内さんはこの時実感したのだと思う。しかし、宮内さんがなにか既成の宗教の信仰者であったということはない。彼は何かを予感し、探していたのだ。
 バリ島へ行けば、木々の茂みや石の陰に漂っている魂に出会って驚き、この永遠の生命と共存し、生きることを享受しているバリの人々に共鳴する。観光客用に卒倒してみせるニセのしばり現象にも寛容なのは、超自然の神々をすでに知っているからである。花と火と踊りは、神々をも人々をも喜ばせる。
 想像力と創造力によって現実をはるかに超え、非現実の中で軽々と、神々と暮らすことのできる宮内さん。作家のイマジネーションは、物と金にしか目がいかない亡者からの離脱を可能にするように思える。