ピアニストの内田光子とも交流がある
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クリスタルの神秘で人々を魅了したカズコ
地球の原石使いエネルギーを
ベトナム戦争末期、独自でアート学ぶ
ニューヨークのファッション街のハイセンスなデパート、バーニーズに一歩入ると、ショウケースの中で透明な光を複雑に放つクリスタルのオーナメントの数々に迎えられる。氷砂糖のような粗い自然の肌ざわりを生かして美しくアレンジされた無数の石は、それを見る人々の気持ちを瞬時に浄化するようだ。
バーニーズの出入り口にこのケースが置かれるようになってからもう10年は過ぎたろう。よく売れるからかどうかは知らないが、これがこのデパートを訪れる人の心
をまず和ませる効果があるのは分かる気がする。
バレンタインデーやクリスマスなど、親しい人にプレゼントをする季節には、このデパートはよくこのカズコのクリスタルの広告を新聞や雑誌に載せている。
カズコは、このクリスタルの制作者だ。小さい石を金のワイヤーで纏めただけで、これなら誰にでもできそうでいて、誰にもできない。手作りなので同じものはふたつと
ないのに、どれを見ても一目でカズコと分かる。
ベトナム戦争末期の騒然としたニューヨークで、独力でアーティストの道を歩んでいたカズコに出会った。パフォーミングアート、写真、ビデオアートと、さまざまな
表現の道を探りながら、なによりもユニークだったのは、スカーフの制作だった。独自の繊細な感覚でアンティークの布地を集めてきて、それでじつにエレガントなスカーフを作った。どれにもいわくつきのアンティークのビーズがいくつか縫い付けられていて、そのかすかな重みが、スカーフにある種の赴きを与えていた。ビーズには、彼女のこだわりがあった。
日のあたるアパートの一室で、床に敷いた座ぶとんに座り、糸の通った縫い針を動かしているカズコの姿は、ヒッピーたちとアート活動をしている彼女とはかけ離れて、当時としては珍しい日本の伝統的な女の雰囲気をかもしていた。
大きな木のお盆の上に、まるで和菓子でも並べるように、いくつものクリスタルのオーナメントが載っている。
「どう?」と、カズコが言った。
「きれいね。目がくらみそう」と、私。
そのうちどうしても一つ欲しくなり、持ち金を全部出して、譲ってもらった。透明と半透明が混じったペンダント用だった。
「じゃ、留め金をつけるわね」とカズコ。「このままでいいわ、この安全ピンのままで」。
カズコのオーナメントは、それ以来輝く金色の安全ピンで、人々に幸運を運ぶことになっている。クリスタルは、スカーフについていたビーズの延長ともいえた。
それからもう20年以上たった。カズコのクリスタルはしだいに洗練され、人々を魅了していった。
カズコの印象は、あくまでもその現実離れした透明さにある。非日常的な柔らかい声、あどけない目、小柄で黒い長い髪、そしていつも天女のように白いドレスをまとい、熟れた果実のようにクリスタルが胸や腕についている。
体調がよくない人がいると、カズコはすぐにクリスタルの小さい原石を与えて、それを身につけるようにと言った。彼女にとってクリスタルは、ただのオーナメントではなく、ヒーリングの手立てであった。
「これは地球が生まれると同時に出来た石だから、原始のエネルギーをまだ保っている」とカズコは言う。その何十億年も前のエネルギーがそれに触れた人に伝わって癒してくれるという。病気というのはエネルギーが不均衡だったり弱ったりして起きるので、クリスタルの石に触れると、そのエネルギーが伝わって不均衡を正すという。
光を閉じ込めて微妙に重いクリスタルのを手にすると、その神秘的な作用が今自分に働いているように思われた。
クリスタルはとても安定した結晶でできているので、光や波動が速く正確に伝わるという特徴があることは、よく知られている。だから時計などにも使われている。
「よくジプシー占いや予言者などにも使われているじゃない」。
どこかで見た丸い水晶の玉をじっと覗いている予言者のイラストを、私は思い出していた。
「そうよ、クリスタルは超光速の粒子も通すので、未来の情報が見えるんでしょう。その能力のある人には・・・」。
カズコにその能力があるかどうかはきかなかった。でも、クリスタルが、一層神秘的に思えてきた。その後、私はいつも、カズコに譲ってもらった安全ピンつきのオーナメントを、胸につけて暮らしてきた。
そのために私が守られてきたか、癒されてきたか、比較できないのでなんともいえない。しかし、それを身につけていることで、不測の事態が起っても、いくらか気が休まったとは思う。
バーニーズのカズコのクリスタルのショウケースを見るたびに、このデパートも、クリスタルの原始のエネルギーや未来の予知能力の神話に魅惑され、その結果、顧客をも惹き付けているように思われて仕方がない。
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