2021年9月3日号 Vol.405

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「うたう」のではなく、「うた」になる

Aine E. Nakamura
歌い手/作曲家/パフォーマー

・出身:米ワシントン州ベルビュー(ベルビューと横浜市で育つ)

★「歌い手」の原点とは?
とても難しい質問ですね。小さい頃から自然と歌うことができていて、自分がずっと歌い手だとわかっていたような感覚がありました。具体的には16歳の頃、レーナ・マリアのコンサートに感銘を受け、クラシック声楽を学び始めました。彼女の声は、言語、国境、文化、身体を飛び越え、感情や愛情が伝わってくる。「歌い手」になる「原点」とは、これまでもこれからも、歌うことを通して、見つめ、探し続け、また深めていくものだと思っています。

★「作曲家/パフォーマー」の原点とは?
自分にしかできない芸術、自分しか出すことのできない声を見つけた時だったと思います。

話は長くなりますが、上智大学を卒業した後、パラリーガルとして法律事務所に勤務。仕事の傍ら、ホテルやライブハウスで歌っていましたが、ある日の勤務帰り、ふと、「どんなことがあったとしても、乗り越えられる、乗り越えようとするのは、歌、音楽だ」と思った瞬間に「プロになろう」と思い至りました。当時の私は、病気を抱えていたこともあり、「人生の仕事は、この声しかない」と感じたのだと思います。

2010年秋からシンガーソングライターとして活動を開始。2015年夏、ニューヨークでジャズセッションに参加する機会があり、本当に素晴らしい音楽家とは、謙虚なのだと知りました。その時、たとえ女性でも、年齢が若くなくても、単身でニューヨークに渡ってもいいかもしれない、という気持ちが湧き、ニュースクール・ジャズスクールを受験。日本で、特に女性として生きづらさを感じていた自分を大切にし、新たな発見をしたいと、2016年に来米しました。



学校に通いながら、前衛舞台監督ディミトリ・クリモブのプロジェクトにも参加したのですが、この頃、私を変える大きな出来事が二つありました。ひとつは、クリモブ監督の要求にも即座に対応できる自身の「声」を発見したこと。これまで学んできたことと異なっていても、「声」こそが「私自身」だと感じ、「このオリジナリティを追求しなくては」と気が付いたのです。
 
もうひとつは、ジャズスクールでの出来事。グラミー賞受賞者のジェーン・エラ・ブルームの授業で、クラシックとジャズ、俳優がコラボするクラスに、ゲストとしてダンサーが参加。音楽の授業にもかかわらず、「音」を使わず、「体」で自己紹介をするようにと指示されました。窓の外は雪…。私の番になり、ゆっくりと、手から少しずつ、体を、私を、紹介するように動かすと、実際には聴こえない雪の音、広いニューヨークの空間…何より、私自身の体を聴き、抱きしめているような感覚を覚えたのです。
 
これらの経験がきっかけとなり、誰でもない「私自身」が、コンセプトを考え、生み出していかなくては「音楽」を追求することはできないと。

★どんな「表現者」でありたい?
尊敬するダンサーの田中泯さんは、「オドリそのものになりたい」とおっしゃっています。「うた」は、「声」とは異なり、基本的には「届ける」というコンセプトがある。体と一体である声・体である声、体とは少し離れたところにある声(コンセプトがあり、体を導くこともある声)、その両方を持ちながら歌いたい。私の表現するものが「うた」であると同時に、私そのものが「うた」であることを目指しています。

★今後の予定は?
9月中旬からベルリンでフルブライトアーティストとして活動し、トランスナショナルなソロパフォーマンス作品を発表します。滞在中、フンボルト大学ベルリンで戦時中のサウンドアーカイブの調査、ベルリン芸術大学でエクスペリメンタル・オーケストラのリードにも関わります。2022年春には新作を発表する予定。詳細はウェブサイトでご確認ください。

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