2023年6月23日号 Vol.448

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音楽は「生命活動の一部」

中西 聖嗣
SEIJI NAKANISHI
ピアニスト/ N音楽企画代表

・出身:京都市

★「音」への興味
生まれた頃から「音」に興味を示していたようで、ハイハイが出来る頃には、CDを再生するとプレイヤーの前まで移動し、そこから動かなかったと両親から聞きました。実家にあったアップライトピアノを触ることほど、楽しい遊びはなかったように記憶しています。そんな私が4歳の時、両親は地元の音楽教室に通わせることにしたそうです。とにかくピアノに触るのがとても楽しかった思い出があります。小学6年生の時、試しに出場したコンクールで優秀賞を受賞。「プロフェッショナルの音楽家になりたい」という漠然とした思いはありましたが、家族に音楽を生業としている人間は誰もいなかったことや、芸事で生きていくことの厳しさは昔から様々な場面で目にしており、「これは自力で生きていくための『何か』が必要だな」と感じていました。話は幼稚園の頃に遡りますが、足を怪我して縫合した時、「針と糸で皮膚がくっつくなんて!」と感動し、それから医師になりたいと思っていた時期も。結果的にその夢は叶いませんでしたが、生命や自然の不思議に魅了され、ひとまず科学の道に進もうと、大阪府立大学工学部へ進学しました。

★「科学」と「音楽」
大学では研究を続けながら、プロとしての音楽活動も継続。「研究や勉強に費やす時間を練習に使えたら、音楽家としてどれほど充実できるだろうか」と常々考えていました。科学の道を捨てた、と言われることが時々ありますが、私の認識としては両方を究めたかった。転機は2013年、ニューヨーク出身・在住のピアニストAlbert Lotto氏と、日本で出会ったことです。当時、彼はとても忙しく、誰のこともレッスンしていなかったのですが、私のピアノを聴いたLotto氏は、「君のピアノは私がレッスンする。君はニューヨークで勉強するべきだ」と。当時の私には、「ニューヨーク」という選択肢はありませんでしたが、彼の情熱と説得に半ば押されるようにして、2014年の冬、単身でニューヨークを訪問。そこで見たのは、世界最高のアーティストたちが、リンカーンセンターやカーネギーホールで当然のように演奏し、それを日常的に楽しんでいる人々の姿でした。Lotto氏のレッスンを毎日受けながら、夜はコンサート漬けの3週間で、私はこの地にすっかり魅了され、「将来ここで音楽を本格的に勉強したい」と切望していました。



★やめることができない、こうすることしかできない「音楽」
2017年に大阪府立大学工学部卒業し、京都大学大学院農学研究科に入学。在学中の2019年に来米して、ニューヨーク州立大学パーチェス校の修士課程へ。コロナ禍での休学を経て、2021年には京都大学大学院の農学研究科を修了、博士課程へ。同年8月から再度休学し、ニューヨークへ。2022年にパーチェス校卒業後から、フリーランスのピアニストとして活動をしています。今も神秘的な科学に対しての興味は尽きませんが、私にとって音楽は「好きなこと」というよりも、「生活の一部 / 生命活動の一部」です。たとえ将来、他の職業を選ぶことになったとしても、現在の水準で音楽を続けることはやめることができない、こうすることしかできないのだと思っています。

★2021年「N音楽企画」設立
クラシック音楽を中心とした演奏会の企画・制作を目的に、国内外で活躍する若手音楽家を中心に設立した「N音楽企画」。若手演奏家の多くは、友人らと共にホールを借り、自ら宣伝、演奏することで、自己研鑽の場を作り出しています。しかし、準備にかかる時間や経費は膨大で、集客にも困難が伴います。「N音楽企画」では、そんなアーティストたちを支えるため、チラシやプログラムの制作、音響技術を担当するスタッフが在籍。演奏会の立案・企画・宣伝・記録やコンテンツの制作等、演奏会に必要な手続きのほとんどが団体内で完結するよう構成されています。音楽家だけでなく、資金調達、事務、デザイン、音響を担当するスタッフが一丸となりアイデアを出し合うことで、一貫したコンセプトの丁寧な音楽制作に取り組んでいます。

★時を経てもなお「朽ちない魅力」
クラシック音楽は「敷居が高い」と思われがちで、演奏会に出かける人がどんどん減少しています。ですが、クラシック音楽は400年以上の歴史を持ち、ジャズやポップスといった現代音楽の様式は、クラシック音楽の影響を受けています。何百年という時を経てもなお、人々に感動を与えられる音楽は、それだけ「朽ちない魅力」があるからだと、私は信じています。「N音楽企画」は、クラシック音楽を広める一つのあり方として、「私たちにしかできない方法で企画制作に取り組む」こと。これが将来、唯一無二の価値を持ち、その周りに産業が生まれ、経済が動き、業界の発展に寄与できる団体になることを夢見ています。演奏家としては、「難しいことを易しく伝えられるピアニスト」でありたい。受け継がれてきた「良いもの」の価値を「良いもの」のまま、素直に、一方でしなやかに、聴衆を魅了する方法で伝えていきたいと思います。

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instagram.com/seijiwtc

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