よみタイムVol.25 2005年12月23日号掲載


  テナー歌手 ジョン・健・ヌッツォ

準主役でメトデビュー
「ロミオとジュリエット」ティバルト役に抜てき

オペラの殿堂「メトロポリタン・オペラ」で06年2月からシャルル・グノー作曲「ロミオとジュリエット」のティバルト役でひとりの日本人テナーがデビューする。ジョン・健・ヌッツォ(40歳)。日本人の母、アメリカ系イタリア人を父に持ち東京で生まれる。小学校時代から非凡な歌唱力が注目された。02年NHKの紅白歌合戦に出場、03年には大河ドラマ「新撰組」のテーマソングを歌いブレーク。今、オペラ歌手として頂点をめざすジョン。ニューヨークを舞台に大きく羽ばたこうとしている。
(インタビュー・吉澤信政記者)

ジョン・健・ヌッツォは同じテノールでも「リリック・テノール」と呼ばれる声質だ。限りない透明感に溢れおり、オペラ歌手の中でも数少ない声質だ。

ジョンの声質を1番気に入ってくれているのが、メトロポリタン・オペラの芸術監督を務める指揮者ジェームス・レバインだ。

「彼が声をかけてくれるんですね。我々からすると雲の上の人なんですけど、気軽にジョンとよんでくれる」。レバイン指揮の作品には欠かせない存在となっている。

今回の「ロミオとジュリエット」でのティバルト役は02年にウィーン国立劇場でも演じている。ティバルトはジュリエットのいとこにあたり、両家のいざこざからロミオ家に人を殺してしまう。長剣と短剣を使ったシャープな動きで気性の荒さを見せつけるが、最後は怒ったロミオに殺されてしまう役で、出番はかなり多い。太刀回りもある。「舞台から落ちてひざを怪我したこともありました」。

高校生まで日本に育った。父ジンは青森県の三沢基地に駐留する陸軍兵だった。母・正子と結婚。2人の男の子をもうけた。

子供のころの父の思い出は「イタリア人らしくいつも陽気で、酔っぱらうと大きな声で『オーソレミオ』など歌っていましたね」という。また、正子さんもピアノ、エレクトーン奏者で毎週水曜日にはステージに立ち演奏していた。いつもジョン少年には「自然の音を聴きなさい」「蝉の声、カエルの声を耳をすまして聴きなさい」といっていた。自然に音の感性が養なわれたという。

澄み切った歌声魅力

そんな環境のもと、子どものころからソリストとしてコンサートに出ていたが、オペラ歌手になろうとは思わなかった。高校生(東京セントメリー・インターナショナル)のころはミュージカルをやったり楽しんでいた。でも、「きちんと声楽を学びたい」と大学はロサンゼルスのチャップマン大学音楽学部に入った。

そこでパトリック・ゲーザー氏と出会う。「その声はすばらしい。真剣に声楽を勉強しなさい」といわれた。ゲーザー氏の勧めもあってコンテストなどにも出場。アリタリア国際声楽コンクールで2位、ロサンゼルスNATS声楽コンクールで優勝し、注目を集めた。この時点で「クラシックの世界で生きていこう」と決めた。

大学卒業後、オレンジ郡マスターキャロルでバッハの「ロ短調ミサ曲」のソリストに抜てきされプロでビュー。ロサンゼルス・タイムズ紙に絶賛された。

ゲーザー氏からは「絶対マネをするな。自分の音に対する感性を信じなさい」と口すっぱく言われたという。

オラトリオなどの宗教曲を主に歌っていたが「母の住む日本」の思いが強かった。

日本ではDJ、イベントのMC、声優、コンサート場の照明など数多くの仕事に携わった。

「おかげで人脈が広がりました」という。紅白出場、大河ドラマのテーマソングを歌うようになったきっかけも日本で培った人脈と澄み切ったリリック・テノールの魅力だろう。

「声は変わるんです、今は甘いモーツアルトの曲に合っていますが、これからは渋みのあるプッチーニの曲にもチャレンジしていきたい」。

しかし、「オペラはモーツアルトに始まってモーツアルトに終わる」と言われている。「最後はやっぱりモーツアルトなんでしょうね。声を直してくれるんですよ。モーツアルトは」。

ジョンの夢は世界の3大劇場「ウィーン国立、スカラ座、メトロポリタン・オペラ」で主役を張ることだ。「主役のカバーはもらっているので、いつでも準備万端なんです」と笑う。

06年はモーツアルト生誕250年。ジョンの出番は日本、ニューヨーク、ヨーロッパと以前にも増して増えそうだ。(文中敬称略)


プロフィール:ジョン・健・ヌッツォ=1966年東京生まれ。南カルフォルニア・チャップマン大学音楽学部声楽科卒業。92年に帰国後、クラブDJやモデル、イベントの司会など、多彩な仕事を経験。00年、ウィーン国立歌劇場との専属契約。01年、オーストリアの優れた音楽家に贈られる新人賞エバーハルト・ヴェヒター賞受賞。以後ザルツブルグ音楽祭、メトロポリタン歌劇場にも出演。NHK大河ドラマ『新撰組!』では主題歌を歌っている。「ロミオとジュリエット」は初演が2月27日。3月28日のレバイン指揮の「フィリディオ」にも出演が決まっている。