(左)大平正芳、第68・69代 内閣総理大臣、(右)ピーター・ユーベロス、1984年ロサンゼルスオリンピック大会組織委員長
読売新聞記者として16年弱、入社した1962年、日本は国富の大半を失った敗戦の惨禍からの復興をほぼ終えて、世界を刮目させる高度経済成長の庭先にいた。社会には活気が満ち、人々の目には未来を確信する輝きが宿っていた。そういう時期にジャーナリズムの門をくぐった私は、新生日本を世界に見てもらおうという三大国家プロジェクト(64年東京五輪、70年大阪万博、72年札幌冬季五輪)のすべてを間近に取材し、国際化する足取りの先端を見、技術革新を実感し、市場競争に向けた企業の旺盛な意欲と行動を目の当たりにし、勤勉な人々の営みの鼓動に接してきた。