2020年12月18日号 Vol.388

コロナ禍で動き出したもの(1/2)

世界各地に広がるビエンナーレやアートフェアなど、この20年のアート界のグローバル化には目覚ましいものがあった。いま、世界のアートシーンは静かだ。いや、現地を訪れて確かめるすべすらない。その一方で、制度上の多様化が着実に進んでいる。ここニューヨークでも、作品の展示法から館員の雇用に至るまで、美術館の内部改革が激しい。やっと動き出したもの。それは、私たちひとりひとりの意識かも知れない。(藤森愛実)


Installation view of Jesse Krimes, Apokaluptein 16389067, 2010-2013. Courtesy MoMA PS1. Photo by Kris Graves

世界最多の受刑者数
「大量収監」の背景に観る
囚人たちの力と真実


MoMA PS1では、受刑者のアート展が開かれている。題して「時間を刻む:大量収監時代のアート」。囚人のアートといえば、看守の目を盗んで描かれるスケッチなど、どこか内向的な小さな作品を想像してしまうが、ここに登場するのは、バリバリの現代アートだ。囚人服を貼り付けたコンバイン絵画や、具象と抽象を織り交ぜた確かな筆致の風景画。

なかでも驚嘆は、弓なりの壁面を埋める天と地の大パノラマだろう。ルネサンスのフレスコ画を思わせる淡い色彩。近づけば、薄い布地に広告写真のイメージがびっしりと転写されている。青空と下界の境には、女性ヌードが点々とアクロバットをするごとく描かれている。あたかも自由を求めて飛翔する小鳥たちのように。

ジェス・クライムズが3年がかりで仕上げたこの大作は、実に刑務作業の一環で生産されるシーツを利用したものだ。イメージの転写にはヘアジェルが使われた。もともと美大でアートを学び、薬物の不法所持で捕まったという彼。「アート制作は、自分自身を取り戻すため。抵抗の証でもあった」と語っている。作品は、一枚完成するごとに密かに郵送され、2014年、刑期終了後に晴れて全体が繋がったというわけだ。

メタリックなダイナーなど、精巧な模型が並ぶディーン・ジルスピーの世界も圧巻だ。タバコの箱にある銀紙を材料に、深夜、20年近くコツコツと作り続けた彼。2011年には釈放されている。そう、ジルスピーは冤罪だったのだ。一方、70年代初頭、アナーキーな「黒人解放戦線」の闘士として投獄されたオホーレ・ルタロの場合は、いまも収監中。長引く裁判の資料作成のためのコピー機を使って、膨大な数のコラージュアートを生み出している。サイケなそのデザインに、70年代ポスターアートの熱気が渦巻いている。


Dean Gillispie, Spiz’s Dinette, 1998. Courtesy MoMA PS1


Sable Elyse Smith, Landscape V, 2020. Photo by Manami Fujimori

実際のところ、本展には各人の罪状について説明があるわけではない。見るべきものは作品だが、驚きのそのアートによって、作り手への興味がわく。同時に、副題にもある「大量収監」について考えさせられる。

アメリカは、受刑者の数が世界一多く、その数およそ240万人。総人口は違えど、日本のそれが5万人以下という統計に照らせば、どれほど膨大かが分かるだろう。冤罪や「ライフ」と呼ばれる終身刑も多く、巨大化する一方の収容施設と劣悪な環境は、日々の報道にも明らかだ。近年は、そうした収容・更生施設の民営化を企てる利潤目的の「監獄ビジネス」の動きもあり、事態は一層深刻だ。

こうした問題に触れた活動家による写真や映像作品も並び、現状を知る糸口ともなっている。ただ、活動家の多くもまた、家族や親戚に受刑者がいるという、いわば「当事者」たちだ。この当事者のアートが持つ真実や力強さにフォーカスしたという点で、本展は画期的といえるだろう。とりわけ、悪名高き監獄ビジネスに投資する資産家のひとりがMoMA理事会に名を連ね、以前から問題視されていただけに、開催自体が英断と言えるかもしれない。(次ページへ)

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