NY近郊ゴルフ場ガイド
[其の5]
「ブルータス、お前もか!」 その方は、ひっそりと深いため息をつきながら、そう呟いた。 シェークスピアの一大叙事詩「ジュリアス・シーザー」で、一番信頼し、愛している部下のブルータスが、大勢の反乱者の一人として自分に切りつけてくるのを見て言うシーザーのこの有名なせりふは、裏切りという人間の業をもっとも端的に言い表す言葉として世紀を越えて定着している。 裏切りという卑劣な行為は、現代では、単に変心して人を切りつけるというような単純な直接行為ばかりを指すものではなくなっている。表面で は敬愛を装いながら、裏側では騙す、隠す、陰口、中傷、人を利用する、裏で操る、陥れる等々、己の欲を満たすような無数の卑劣な裏切りがあり、しかもそれがなかなか発覚しにくくなっている。とくに、権力を持つ政治家や巨大な資金を動かす金融機関などは、裏切りすれすれのところで動くので、「ブルータス、お前もか!」と言われるようなへまはしないスキルを身につけている。それに、どんなに人望や実力のある大物でも、簡単に部下を信用せず、保険、保証、弁護士などを取り揃えてたえず危険を回避しようとしている。 要するに、同じ共同体に属し一心同体でビジネスをしていても、どこかで一線を敷いて周辺をガードし、無防備に信用していない。こうしてブルータスの心変わりに対処している。 「ブルータス、お前もか!」と、悲痛に呟くはめになった方は、そういうガードをまったく持たなかった。一人ニューヨークに来て50年、この地に仏教哲学に基づいた精神的土壌を培こうと、仏教の伝統に基づいた修行を中心に実践的な教育活動を続けてこられた。私がこの方をとくに敬った言い方で述べるのは、そういう業績を誰もが認めているし、1000人を越えるアメリカ人、ヨーロッパ人の優れた弟子を輩出しているからだ。時間と修行で心と身体につけた仏教精神はこの方の教えであり、気に入らないから返すという類いのものではない。 この方にとってのブルータスとは誰なのか?私にはわからない。 しいて言えば、インターネット、あるいは、マスメディアか。 しかし何人かのブルータスたちが、この方に関するネガティブな情報を口コミではなく、マスメディアやインターネットで流した。ネット時代のブルータス。時代のシンボルのように言われるが、人の心次第でネガティブな効果は大きい。いいことばかりではない、時にはブルータスに便利に使われる。 以下は、赤ん坊の時からコンピューターに馴染んでいたというある男との会話の一部だ。 私「ウィキリークスのアサンジ会長は、自伝を書く契約を出版社としたらしいけど、政府の外交文書を流出させて人気者になるなんておかしい わね」 男「流出させた方がいいじゃないか。どんどん流出させるべきだ」 私「プライバシーの問題があるでしょう。人に読まれたくない、見せたくない情報を公開しない権利はあるでしょう」 男「なにも隠せないことを前提に行動すべきだ。これからは隠すことなど不可能な時代になる。隠すからあばくウィキリークスが英雄になるんだ。誰でも一度書き込んだら世界中に広まると思ったほうがいい。流出されない情報などない。とにかく、国でも企業でも金融機関でもあらゆる公的機関は、その情報は本来すべて、影響を受ける国民に公開されるべきだった」 私「では、自分のプライベートな情報を、知らないうちに他人にネットで公表されるのは?」 男「人に知られては困るようなことを考えたり行動したりするな、それしかない。これからは、プライヴァシーはないと思って生きることだ」 ネット時代の人間は、つねに舞台に立つパフォーマーのように、人にすべてさらけ出して生きる者ほど強い。隠すな、がキーワードだと男は言った。 しかし、人間の情念はあまりにも強く、意識の底にしがみついて身を隠す。